君はペンギンハイウェイを読んだか!?(年末年始の読書にぴったり)
読書っていいなぁ
そう思うわけです。
作家が言葉を綴って作った物語を読者が読む。
読者は作家が作った世界に飛び込んで、そこに自分なりの色を塗っていく。
主人公の姿を想像し、その世界の出来事を考え、その世界を巡る心情を読み取ろうとする。
作家から放たれた物語は、読者の中では、とても自由に発達し、それでいて作家の想像力に埋没する。
「それじゃ、そろそろサヨナラね」
お姉さんはぼくから離れて立ち上がり、歩きだした。
ぼくも立ち上がろうとしたけれど、お姉さんは「海辺のカフェ」の入り口でふりかえって、「君はここにいなさい」と言った。「危ないかもしれないから」
お姉さんはイスに座っているぼくを見て、ニッと笑った。
「泣くな、少年」
「ぼくは泣かないのです」
そしてお姉さんは「海辺のカフェ」の外へ出ていった。
そのとき、窓辺の席に一人で座っていたときの気持ちを、ぼくはノートに記録したけれども、それを今になって読み返してみても、そのときの気持ちを記録しているようには思えない。ぼくは正確に再現することができない。そんな気持ちを感じたのは、ぼくの人生に一度しかないのである。人生に一度しかないようなことをノートに記録するのは、たいへんむずかしいことだということをぼくは学んだ。
ふいに向こうで慌ただしく何かを叫ぶ声が聞こえ、彼らはぼくを助けるために駆けだそうとした。そのとき先生の腕の中からハマモトさんが飛びだして、だれよりも早く、ぼくのところへ駆けてきた。そうして彼女がぼくに抱きついたとき、ぼくは彼女が泣いていることと、彼女の体が本当に人形みたいに小さくて細いことを知った。
ぼくらはしばらくそのままジッとしていた。
ハマモトさんがため息をつくみたいな小さな声で言った。「あの人は?」
「お姉さんは行ってしまったよ」
ハマモトさんは大きな目でぼくの顔をまじまじと見た。
「アオヤマ君、泣いてるの?」
「ぼくは泣かないことにしているんだ」
お姉さんに言ったとおり、ぼくは泣かなかった。
「世界の果てを見るのはかなしいことでもあるね」
「もちろんそうだよ。だから人は泣く」
「小学校に入ったときから、ぼくはもうずっと泣かない」
「それはおまえの思う通りにすればいいよ」
「ぼくは思う通りにするよ」
ぼくはコーヒーを飲んだ。ぼくは砂糖を入れなかったので、コーヒーはたいへん苦かった。そしてあまりおいしくはなかったのだけれども、ぼくの体はあたたかくなった。お腹の底にコーヒーが入っていくたびに、ぼくは元気になるようでもあるし、いっそうかなしくなるようでもある。
「父さん、ぼくはお姉さんがたいへん好きだったんだね」とぼくは言った。
「知っていたとも」と父は言った。
ぼくはたいへん早起きをして、まだ夜が明けたばかりの街を一人で探検する。そういうとき、ぼくらの街はがらんとしていて、ぼくは今にも世界の果てに到着できそうに感じる。
ぼくは世界の果てに向かって、たいへん速く走るだろう。みんなびっくりして追いつけないぐらいの速さで走るつもりだ。世界の果てに通じている道はペンギン・ハイウェイである。その道をたどっていけば、もう一度お姉さんに会うことができるとぼくは信じるものだ。これは仮説ではない。個人的な信念である。
ぼくらは今度こそ電車に乗って海辺の街に行くのだろう。
電車の中で、ぼくはお姉さんにいろいろなことを教えてあげるつもりである。ぼくはどのようにしてペンギン・ハイウェイを走ったか。ぼくがこれからの人生で冒険する場所や、ぼくが出会う人たちのこと、ぼくがこの目で見るすべてのこと、ぼくが自分で考えるすべてのこと。つまりぼくがふたたびお姉さんに会うまでに、どれくらい大人になったかということ。
そして、ぼくがどれだけお姉さんを大好きだったかということ。
どれだけ、もう一度会いたかったということ。
萩尾望都さんの解説がいいんです。本は読者が自由に解釈したり、創造していいんだと教えてくれます。
「彼は世界の果てに向かって走る。消えてしまったお姉さんにもう一度会えるペンギン・ハイウェイを走る。大人になってお姉さんに会う。そして一緒に海辺の街へ行く。
それはいつのことだろう。人の夢や愛は死ぬまでにどれほど発酵し熟成するのだろう。それが産まれた瞬間の瑞々しい鮮度を保ちながら。アオヤマ君はきっと、お姉さんとの約束を守る。最後のページを読んだとき、アオヤマ君とこの本を抱きしめたくなる。
アオヤマ君、君はぼくは泣かないのですと言うけど、私は泣きます。」解説より
どうか、どなたか映画にしてください。
自分の思っていたアオヤマ君やお姉さん、ハマモトさん、ウチダくんじゃないかもしれない。世界も思っていたほどパステルカラーじゃないかもしれない。
けれど、この作品が映像になることを切に願っています。
- 作者: 森見登美彦,くまおり純
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/11/22
- メディア: 文庫
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Good day!