納豆は100回かきまぜろ!

管理人Beansの日記です

芥川賞とか直木賞とか、読み手側からすると、もういらないんじゃない

年2回の芥川賞直木賞の候補作が発表されたわけですが、今回の芥川賞の候補作を並べると、こんな感じになるようです。

内村薫風さんの「MとΣ」

島本理生さんの「夏の裁断」

高橋弘希さんの「朝顔の日」

滝口悠生さんの「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」

羽田圭介さんの「スクラップ・アンド・ビルド」

又吉直樹さんの「火花」 

火花

火花

 

 

 れいの、太宰好きの、芸人さんの、本が入ってますよね。

いくらなんでも、そんなのあり?と気になるわけです。

 

で、芥川賞の選考基準、WIKIPEDIAで調べてみると、

芥川龍之介賞(あくたがわりゅうのすけしょう)、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。

大正時代を代表する小説家の一人・芥川龍之介の業績を記念して、友人であった菊池寛1935年直木三十五賞直木賞)とともに創設し以降年2回発表される。第二次世界大戦中の1945年から一時中断したが1949年に復活した。新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定される。受賞者には正賞として懐中時計、副賞として100万円(2011年現在)が授与され受賞作は『文藝春秋』に掲載される。

 芥川龍之介賞 - Wikipedia

 

とこんな感じでまとめられていて、「純文学の新人に与えられる」、ってことで、新人であれば、広く寛大な心で、そして過去に受賞していなければ、いつまでも新人ということで、候補にも挙がるようなんです。

 

過去の受賞者及び候補者がまとめられているサイトを見ると、新人という定義が、広く解釈されているだろうということが、よくわかります。

芥川賞-受賞作候補作一覧141-153回|芥川賞のすべて・のようなもの

 

今年から変更になったJリーグの2部制のように、芥川賞も年2回選考が行われていて、上半期、下半期と、えんえんと候補があがり、受賞者が決められ、あるいは該当者なし、みたいなことが繰り返されて、はたから見ると滑稽でしかなく、賞の重みが回を重ねるごとに薄れていくという、業界の方々だけが盛り上がりを見せる、痛いものに変貌しているような気がします。

 

業界以外の多くの人にとって、芥川賞直木賞などに最早意義を見いだせないのは、周知ですよね。所詮、出版社のプロモーションに過ぎなくて、利権を貪る悪徳作家が弟子の印税をかっさらうために暗躍するというような話も聞きますしね(そういう暴露本が出版されたら、それはそれで面白い)

 

芥川龍之介が生存していたなら、お前らいい加減にしろ、と広いおでこに青筋を浮き上がらせて窘めてくれるかもしれません。

 

読者にとって、有益な賞であって欲しいと思うのですが、今の芥川賞直木賞は誰のために存在するのか?

 

そもそも、そこに誤認識があるとして、本来は、たとえば、作家さんの励みにするため、としても、一作書いただけの芸人さんが、ぽこっと候補に挙がるような取り計らいで良いのか?って話です。もっと他にいるんじゃないの?

いやいや、売れてる作家や注目度の高さが基準です、というならば、又吉さん以外の方も?と疑念が立ち昇りますが、そんな状況は見当たりません。

 

で、こういう賞は、Jリーグの2部制というよりも、ワールドカップやオリンピックのように4年に1回くらいでいいんじゃないの?と感じるわけです。

少なくとも読み手にとっては、話題作りという側面が表に出過ぎていて、ひどく興ざめで、購買意欲が無くなるどころか、不買運動の衝動まで湧き上がってくるのが厄介なところです。

 

衝動

衝動

 

 

「うちらの業界カツカツで(給料は高いけど)、Amazonいう黒船が大砲ぶっぱなしよるんで、あこぎなことも我慢してやらな、生き残れませんねん。もうなんだったら、芥川賞直木賞も毎月発表しようか、あるいは、賞という賞を増やしに増やして、これぞ賞ビジネスっていうくらいのビジネスモデルを構築する勢いですわ」、というコメントを、関係者よりヒアリングできたらいいな、と思ってます。

 

長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。

  

羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇 (文春文庫―現代日本文学館)

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 アフィは賞ではありませんが、Showであり、販促である、という部分では同じかもしれませんね。

 

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